源博雅
(みなもとのひろまさ)


 






918(919説あり)〜980

別名『博雅三位』。醍醐天皇第一皇子、克明親王の長男。楽聖とまで呼ばれる程楽に秀でていた。
克明親王が皇位に就くことなく早死にしたため、臣籍に下り源姓となった。

右中将・右兵衛督・皇后宮権大夫などを歴任。横笛・琵琶など多くの楽器に才能を示し、『新撰楽譜(博雅笛譜)』『などを著す。

作曲した物:『唐楽 舞楽 長慶子』この曲は、今でも楽師が退場する時によく奏される。
今昔物語』や『古今著聞集』などには博雅と音楽に関する逸話がたくさん残っている。

写真は龍笛。風俗博物館にて。

博雅は龍笛の名手でもある。





  • 博雅が生まれた時の話(続教訓抄)
    ある時、聖心上人という東山に住む上人が天から美しい楽の音を聞いた。笛二本に笙二本、筝、琵琶、鼓。西の空には五色の雲がなびいていて。音はそこから聞こえた。上人がそこへ行ってみると、高貴な貴族の館で赤子が生まれようとしているところだった。赤子が生まれると楽の音はやみ、雲も消えた。そこで生まれた赤子が、博雅だった。
  • 蝉丸のもとに通いつづけた話(今昔物語集)
    琵琶の秘曲『流泉』『啄木』を逢坂に住む琵琶の名手、蝉丸法師の庵の庭に身を潜めて蝉丸が自ら引き出すのを3年間夜通し通い、蝉丸はなかなか弾かなかったがある夜『流泉』を蝉丸がひいたので、3年間通ったことを語り、『流泉』『啄木』を口伝で習った。
  • 玄象という琵琶を羅城門の鬼から取り返す話(今昔物語集)
    昔唐から渡り、古来から皇室に伝えられてえいた玄象という琵琶があった。ある日、その玄象が内裏からなくなり、時の帝、村上天皇はおおいに悲しんだ。
    博雅が宿直をしていた晩、朱雀門のほうから玄象の音がした。行ってみると、音はさらに南から聞こえる気がする。そしてさらに南へ南へと進み、とうとう羅城門まで来た。羅城門の上で誰かが玄象をひいているようなので返すように言うと、紐に結ばれてするするすると玄象が降りてきた 。
    この琵琶はまるで生きているかのようだった。ほこりがかぶっていると腹を立てたように鳴らなかった。また、内裏で火事があった時は、誰も助け出していないのに独りでに庭に出ていた 。
  • 盗人を笛で改心させた(古今著聞集)
    博雅の家に盗人が入った。 たくさんのものを盗んでいったが、笛だけは残されていた。博雅がその笛を吹くと、盗人達にも聞こえ、感銘のあまり盗んだものを持って返しに来た。
  • 朱雀門の鬼と笛を交換し、名笛『葉二』を手に入れる(十訓抄、続教訓抄、体源抄)
    朱雀門の前で鬼と会い、笛を交換した所、その笛の音は素晴らしく、評判となった。その笛は吹き口の近くに赤と青の葉のようなものが描かれており、葉二(はふたつ)と名付けられた。
  • 博雅が笛を吹くと鬼瓦が落ちる(江談抄)
  • 怠慢な博雅(大鏡)
    宮中で管弦の御遊には、管弦の名手藤原敦忠卿が用いられたが、その死後は博雅が用いられるようになった。
    ところが、都合が悪いときは参内しなかった。
    また、藤原道長は、ある人を評して「あの人は、才能はある人なのだが、あの怠慢の様子はまるで博雅のようだ」と言っている。
  • 内裏歌合せで失敗
    内裏で歴史に残るような大変大規模な歌合せが開かれた。博雅は右方の講師(歌人が作った歌を読み上げる役)を務めたが、読む歌の順を間違え、恥じをかいた。

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制作日:2005年7月14日 製作者:朝明
更新日:2005年4月17日
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