坂田金時
(さかたのきんとき)








995(推定)〜?

公時、酒田、金太郎、怪童丸とも。
渡辺綱、平貞道、卜部季武とならんで源頼光の四天王と称された。幼名は金太郎

二十一歳の時、刀鍛冶として働いたが頼光に見いだされ坂田金時、と名付けられた。三十六歳のときには主馬佑として酒呑童子退治に加わった、とされている。

妻子はなく、頼光没後はゆくえをくらまし足柄山で消息を絶ったと言われているが定かではない。源頼光と四天王の三人、渡辺綱、平貞道、卜部季武は実在の人物とされているが坂田金時は伝説化されている。










『御堂関白日記』1017年の記には、道長の近衛兵の中でも秀でていたが、18才で死んだとなっている。この時金時は、「相撲使」(力士をスカウトする役といわれる)の役割だったとされている。ここでの金時は特に名字をもっておらず(下毛野とも)、ただ公時、とかかれている。

『故事談』巻六には、藤原道長と競馬(くらべうま)をしたという話がのっている。

今昔物語集』巻二十八第二話には、に公時、貞道、季武の三人で加茂祭りの見物に出かけ、初めての牛車に三人ともひどく乗りもの酔いをした語が収録されている。





金太郎はよく赤い童形で表されるが、これは古代の雷神信仰に基づいているといわれる。
『前大平記』(1803年)には、山姥が山の上で眠っていた時、夢の中で赤い竜が雷鳴とともに訪れた。目が覚めると身ごもっていて、それが金太郎であった。

赤竜は雷神を表す。つまりこの話は金太郎が山姥と雷神の子であることを意味している。また、昔から雷神は鉞(まさかり:斧のようなものだが斧より刃先幅が広い)を持っているとされていた。

金大郎が赤い身体で鉞を持つ姿は、彼が雷神の子であることの象徴であり、神の子としての力を持っていることを表している。

外見 鉞を肩にかついで熊に乗り、赤い肌に前掛けをしているといわれる。
生い立ち 山姥の子で足柄山に住んでいて、幼少の頃の呼び名は『怪童』・『怪童丸』だった。近くでクマやイノシシ・サル・キツネ・タヌキ・ウサギ・トリなどと遊んでたとされている。



「金時の火事見舞い」

元々顔が赤い金時が火事見舞いに行ったら、よけい顔が赤くなるだろうということから顔が非常に赤いことのたとえ。
主に、酒を飲んで赤くなった顔などを指す。 
 

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制作日:2005年3月12日 製作者:朝明
更新日:2005年3月12日

 

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