年表 其の壱

特に陰陽道に関係する奈良時代までの日本史の年表。

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西暦 和暦 陰陽道史関連 出典
紀元前後 === 奈良の唐古・鍵遺跡から勾玉を納めた薬箱が出土する。陰陽五行の4色の勾玉があり、 この事から弥生人が陰陽五行思想を熟知していたと思われる。 ===
1世紀ごろ === 邪馬台国で鬼道(道教呪術)が行われていた。 ===
6世紀 === 陰陽道伝来。聖徳太子・天武天皇なども、陰陽道をよく利用していた。 ===
宿曜道伝来。
513 継体7 百済から五経博士段楊爾が貢上される。 日本書紀
538 === 仏教伝来。同時に蹴鞠など様々なものが中国から伝来。 ===
553 欽明14 6月、百済に対して、医・易・暦博士を交替させ、卜書・暦本・薬物などを送ることを要請する。 日本書紀
554 欽明15 2月、百済から暦博士固徳王保孫が来朝する。 日本書紀
557 === 百済より、呪禁道伝来。 ===
602 推古10 10月、百済僧観勒が、暦・天文・地理・方術・遁甲の書を朝廷に献上し、日本人書生に学ばせる。 日本書紀
645 大化1 大化の改新 ===
●難波に遷都。
●安倍家の太祖安倍倉梯麿、左大臣となる。
660 斉明6 5月、皇太子中大兄皇子が漏刻時計(水時計)を造らせる。 日本書紀
670 === 帰化人により初の属星祭が行われる。
庚午年籍発布(日本初の全国的な戸籍。現存していない。)
===
671 天智10 4月、天智天皇が漏刻台を設置し、使用する。 日本書紀
672 天武1 壬申の乱。この時の6月、大海人皇子が式占を行い勝利する。 日本書紀
675 天武4 1月、日本初の天文台、占星台を設置する。 日本書紀
676 天武5 ●安倍仲麻呂遣唐留学生として渡唐する。(19歳) ===
●朝廷の陰陽寮、初めて記述に登場。
684 天武13 2月、陰陽師を機内に派遣し、都の相地をさせる。 ===
690 持統4 11月、中国から移入した元嘉・儀鳳の二暦を施行する。
 以後、貞観3年まで大衍暦、五紀暦が採用される。
日本書紀
699 文武3 役小角、韓国連広足に陥れられて(讒言されて)、伊豆に流される。 続日本紀
702 大宝2 大宝律令施行 続日本紀
710 和銅3 平城京遷都 ===
717 霊亀3 吉備真備・安倍仲麻呂らが留学生として渡唐する。 ===
729 霊亀6 長屋王の変  
730 天平2 陰陽・七曜(天文)・暦などの学術が絶えることを恐れ、大津連首などの諸博士に 弟子を取らせ、後継者の育成を進める。 日本書紀
750 天平
勝宝2
吉備真備、藤原仲麻呂にうとまれ、筑前守に左遷される。 ===
757 天平
宝字1
11月1日条−勅で、陰陽寮生が学ぶ必読書が決められる。  
→天文生が学ぶ書物は『天漢書』『漢晋天文志』『三家薄讃』『韓楊要集』、
  陰陽生が学ぶ書物は『周易』『新撰陰陽書』『黄帝金匱』『五行大義』、
   暦生が学ぶ書物を『漢晋律暦志』『大衍暦議』『九章』『六章』『周髀』『定天論』とするとある。
===
758 天平
宝字2
安倍仲麻呂が「陰陽寮」を「大史局」に改称する。 ===
764 天平
宝字8
●名称を、「大史局」から「陰陽寮」に戻す。 ===
●儀鳳暦を廃止。吉備真備が中国から持ち帰った大衍暦が採用される。
 →856年(斉衡3)まで施行される。
766 天平
神護2
吉備真備、右大臣になる ===
767 神護
景雲1
日向守大津大浦が所有していた天文陰陽書を没収、解任する。 ===
769 神護 弓削道鏡、全盛。和気清麿、大隈に流される。 ===
770 宝亀1 ●道鏡、下野に流される。 ===
●70歳の安倍仲麻呂、唐で没す
774 宝亀5 陸奥国鎮守府に漏刻を設置する。(大宰府に準ずるものとして) ===
775 宝亀6 10月2日、吉備真備、没す。 ===
780 宝亀11 ●遣唐使の葉栗翼が「寶應景紀暦」を献上する。 ===
●現存する最古の「大衍暦」によって、具注暦が作られる。
781 天応1 桓武天皇、即位。 ===
784 延暦3 ●長岡京遷都。 ===
●「朔旦冬至の賀」が初めて行われる。
785 延暦4 ●9月24日、長岡京造営中に、監督の藤原種継暗殺される。早良親王が疑われる。
早良親王怨霊となる
===
●最澄、比叡山延暦寺を創建する。

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制作日:2004年8月25日 製作者:朝明
更新日:2005年7月31日
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