羅城門
らじょうもん






羅生門ともいうが、羅城門の方が正しく羅生門は後世の当て字

現在では羅城門は[らじょうもん]と読むが当時は[ら(い)せいもん][らしょうもん]と読んだ。そこで、中世以後[羅生門]と書くようになった。

また、『羅城』とは都城の外郭と言う意味。

朱雀大路の南端に建てられた平安京の表玄関の巨大な門。二層構造の瓦ぶきで、正面約32m、奥行約8m。
平安京の正面玄関、そして凱旋門としてその役割を果たしていた。

816年8月16日夜、大風で倒壊。再建されたが、980年7月9日暴風雨で再度倒壊してからは再建されず、右京の衰えと共にこの門も荒廃していきその荒廃ぶりから羅城門に関わる様々な説話が生まれ 、盗賊のすみかにもなった。

写真は模型。


  • 渡辺綱

    源頼光が四天王の渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武と飲んでいた時、近頃羅城門に出没する鬼の話になった。そして、一人ずつ羅城門へ行って肝試しをすることになった。
    渡辺綱の番になり羅城門に行って証拠の金札を立てて帰ろうとしたが、途中の一条戻り橋で突然兜を何者かにつかまれた。綱が刀を抜いて斬り掛かると相手は逃げていったが、兜をつかんだままの鬼(=茨城童子という鬼)の腕だけが落ちていた。
     
  • 源博雅  (『今昔物語集巻24の第24』)

    村上天皇が大事にしていた琵琶(『玄象』という)が何者かに盗まれた。
    清涼殿で天皇の甥の源博雅がその玄象のことを考えていると、どこからかその玄象の音が響いてくる。
    博雅は驚き、小童一人だけを連れて音のする方向へ行くが、朱雀門を過ぎ都の大路をずっと南下し、羅城門まで来た。音は門の二階から聞こえてくる。
    音は人が弾いているものとは思えないほど美しかった。博雅は曲が終わるまで待ち、音のする所へ向かって言った。

    「その琵琶を弾いているのは誰であろうか?その琵琶は先般天皇の元から消えたものである。本日清涼殿でこの音を聞き、訪ねてここまで参った。」

    すると上から縄に結ばれた玄象が降りてきた。博雅はそれを受け取って、内裏へ持ち帰った。
    世の人々は、鬼が取っていった玄象を博雅が取り戻したといってその働きをたたえた。
    この琵琶はまるで生きているかのようだった。ほこりがかぶっていると腹を立てたように鳴らなかった。また、内裏で火事があった時は、誰も助け出していないのに独りでに庭に出ていた 。



明治28年に立てられたこの石碑があるだけ。

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制作日:2005年3月9日 製作者:朝明
更新日:2005年6月13日
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